「体に良い油」として知られるオメガ3脂肪酸は最近ご存じの方も多いでしょう。
その代表格であるEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)は、中性脂肪を下げる薬としても存在し、心筋梗塞や脳卒中といった心血管疾患(CVD)のリスクを低減する効果が期待されてきました。
しかし、近年の大規模な臨床研究により、この二つのオメガ3脂肪酸が、心血管疾患の予防効果という点において、全く異なる働きをする可能性が明らかになってきました。
本日は、この分野の研究結果の論文を比べてみます。
光と影を分けた、二つの大規模臨床試験
出典:Bhatt DL et al. Cardiovascular Risk Reduction with Icosapent Ethyl for Hypertriglyceridemia. N Engl J Med. 2019;380(1):11–22.
【光】REDUCE-IT試験:EPA単独療法の成功
2019年に発表された「REDUCE-IT」試験は、医学界に大きな衝撃を与えました。この研究では、心血管疾患のリスクが高い患者さん(すでにスタチンという薬を服用中)を対象に、高純度のEPAのみを含む製剤(イコサペント酸エチル)を1日4g投与しました。
その結果、EPAを服用したグループは、偽薬(プラセボ)を服用したグループに比べて、心筋梗塞や脳卒中などの主要な心血管イベントの発生リスクが25%も有意に減少しました。これは極めて大きな効果であり、この結果に基づき、米国糖尿病学会(ADA)や米国臨床内分泌学会(AACE)などの主要な国際学会は、特定の高リスク患者さんに対する高純度EPA製剤の使用を推奨するようになりました。
出典:Nicholls SJ et al. Effect of High-Dose Omega-3 Fatty Acids vs Corn Oil on Major Adverse Cardiovascular Events (STRENGTH Trial). JAMA. 2020;324(22):2268–2280.
【影】STRENGTH試験:EPA・DHA合剤の挑戦と期待外れの結果
REDUCE-IT試験の成功を受け、次に注目されたのが「STRENGTH」試験です。この研究では、EPAとDHAの両方を含む合剤を用いて、同様の患者さんで心血管イベントの抑制効果が検証されました。
しかし、結果は期待されたものとは異なりました。EPA・DHA合剤は、偽薬(プラセボ)と比較して、心血管イベントのリスクを全く減らすことができず、有効性が見られないとして試験は早期に中止されました。
① DHAによる「干渉」の可能性
LDL-C上昇作用:DHA単独あるいはEPA+DHA併用製剤では、DHAがLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を上昇させる作用が報告されています。一方、純粋EPA製剤にはこの作用が認められません。
細胞膜構造への影響:EPAは細胞膜を安定化させる一方、DHAは膜流動性を高めるなど、相反する生理作用が示唆されており、これらの相互作用が臨床効果の差を生んだ可能性があります。
② プラセボ(偽薬)の違い
REDUCE-ITのプラセボ:ミネラルオイル:後年、このミネラルオイルが炎症マーカー上昇などをもたらし、対照群のリスクがわずかに悪化した可能性が指摘されています。
STRENGTHのプラセボ:コーン油:比較的中立的なコーン油を用いたSTRENGTHの結果は、より「真の」差を反映しているとの見方があります。
この二つの論点は現在も活発に議論されており、結論を出すにはさらに検証が必要です。
心血管疾患再発予防には、純粋EPA製剤(イコサペント酸エチル)が有効な選択肢であるとのエビデンスが強固です。
DHA=体に悪いというわけではなく、脳・神経・網膜機能の維持、発育期の児童への必要性など、一般的健康維持には不可欠な栄養素です。
当院では、心血管リスクの高い患者様には純粋EPA製剤の導入をご検討いただく一方、バランスの良い食事からのEPA・DHA摂取(魚介類やナッツ類)も並行して推奨します。
最後に、最適な健康管理のためには、ご自身の健康状態やリスクに応じた治療や栄養摂取を選択することが何より大切です。